新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリへのこだわり

 佐野洋、本名丸山一郎。1928年東京生まれ、読売新聞の記者をしていた1959年に本書を書き下ろし、ミステリ文壇にデビューしている。ミステリ作家を職業とするつもりは当初はなかったようで、新聞社にはそのまま勤務している。ペンネームの由来も、「社の用」はするという意味でつけたと解説(青木雨彦)にある。

 
 以降数々の長編・短編を発表しミステリ界の一角を占める重鎮になるのだが、「眼光紙背に徹する」と評される書評家としても有名になる。以前「推理日記」という書評エッセイの1冊を紹介しているが、作者対読者の知的なゲームであるミステリの世界で、作家のミスは決して許されないとの矜持を貫いた人でもある。
 
 デビュー作にはすべてが出る、と書いたこともあるが本書を読んでもその印象は変わらない。確かに作者対読者のゲームでもあるのだが、社会背景・課題も盛り込まれているし、新聞記者としての自分の知識を存分に活かした作品になっている。また作者が最初に読んだいう、E・S・ガードナー「ペリー・メイスンシリーズ」の影響が色濃い。

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 舞台は札幌、まだ高度成長期ではないが都会の女性がほとんどの単身アパートで、バー「デラ」のホステスが絞殺される。死体発見時部屋にいた大学生の青年が逮捕されるが、彼は犯行を否認する。同居している被害者の妹は愛人宅に外泊していて不在、アパートの知り合いたちもその夜顔は出したものの、部屋に引き取った未明の犯行である。
 
 北海道警の公式捜査会議が描かれる一方で、「デラ」のママさん杏子と彼女が「ペリイ」と呼ぶ刑事弁護士海老沢を中心にした、新聞記者やアパートの住人たちの「非公式捜査会議」がより紙幅を割いて紹介される。殺人現場の部屋がカギがかけられた密室だと思われ、同じ部屋にいた青年以外の容疑者は考えられないのだが、海老沢らは青年が無実だと考えてカギのトリックも解こうとする。
 
 リアルなのは、「非公式捜査会議」に加わっている2人の新聞記者の行動。作者の分身のようなこの2人の記者は、メディアとして競合関係にあるのだが時には協力しあいスクープをモノにしようとする。ペリー・メイスンほどの切れ味はない海老沢だが、デラ・ストリート(メイスンの秘書)にあたる杏子の活躍に助けられて真犯人に至る。
 
 作中新聞記者の一人が探偵小説と詰将棋を引き合いにして、「現実はそのように一点の曇りもなく説明しつくせるものではない」と言っている。これが作者の言いたかったことだろう。そういう意味で、本格ミステリへの挑戦を作者はしたかったしし続けたのだと思います。