2020年発表の本書は、昨年の敬老の日のころ「もう年はとれない」「もう過去はいらない」を紹介したダニエル・フリードマンの<バック・シャッツもの>。メンフィス署の名刑事だったバックも、すでに89歳。前2作で.357マグナムを振るうなど活躍したのだが、認知症も出てきて介護付き老人ホームにいる。最愛の妻で唯一の支えであるローズに癌がみつかり、最後の時間を少しでも長く2人で暮らせたらと願う日々だ。
ところが<アメリカの正義>という番組が、死刑が近いマーチ死刑囚の物語を連続放映し始めた。彼はバックが2度逮捕し、最初は無罪とされたが、2度目の事件で死刑判決が出た男。バックはシリアルキラーだと思っている。

裕福な白人家庭に生まれたチェスター・マーチは、妻殺しと売春婦殺しの容疑を着せられたが、妻の死体は出ず無罪となった。20年後アパートの家主を殺し硫酸で溶かしたとしてバックの追及を受け、以前の妻殺しも自供し死体を埋めたところを教えた。バックは尋問の時暴力を振るって、マーチに重傷を負わせている。
マーチはすべてバックの暴力による自白で、自分は無実だと番組内で訴える。関係者はほぼ亡くなり、反論できるのはバックだけだ。メディアは死刑執行の前にバックを引っ張り出そうとするのだが、弁護士の卵であるバックの孫が祖父を護るために立ち上がる。
南部テネシーの、WWⅡ後の警察事情が興味深い。バックが駆け出しの1950年代、警察・検察上層部はKKK団関係が多く、白人は容易に有罪にならない。しかし60~70年代引退した彼らが不審死しても、世間はとりあわない。ユダヤ系のバックも昇進できるようになった。80年代になると強引な取り調べは難しくなり、バックは多くの表彰を得ながらも職を辞した。
警察の歴史を描く大河ドラマの中で、マーチ死刑囚とバックがどうかかわったかが描かれます。これに左派系ジャーナリズムがからんで、迫力を添えていました。老夫婦の愛も感じられる、名作だと思います。本書の最後の悲惨極まる処刑シーンは実話に基づくものです。薬物注射では3%ほどの「事故」が生じます。絞首刑の1%とは高い比率なので、致死性100%の銃殺刑を望む受刑者も多いとのことです。