新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

「下流老人」への反論

 昨日、藤田孝典著「下流老人」を紹介したが、不幸な人たちの例を次々挙げ、

 

・彼らが「自助」出来なかったことを責めるのではなく、

・人間関係が薄くなり「共助」にも頼れない今、

・もっと税金を投入して「公助」を拡大すべきだ。

 

 という論調には同意できないと思った。そこでふと思い立って手に取ったのが本書。「下流老人」が発表された翌年の2016年に「大きな政府=小さな国民」と主張される渡部昇一教授が、86歳で到達した境地を記して出版された本だ。筆者は執筆の契機に「下流老人」という言葉が流行ったことを挙げている。

 

・ただただ「下流」になることに怯えるのは人生の大きな損失。

・老後は人生の実りの収穫期、よほどの不運でなければ自己責任。

・「社会が間違っている」と叫んでも、自らは自分が守るしかない。

 

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 それでは筆者の到達した「快老生活」とは何かというと、

 

・体を鍛えるには限界があるが、脳力は鍛えられ記憶力は衰えない。

・人生の大博打は結婚だが、何よりも大事なのは家族。

・詩や和歌などを愛で、完成された(文系)学問を修養する。

 

 ということらしい。社会制度に関しては若いころに師事した「知の巨人」ハイエクの言葉を引用して「私有財産制は、財産を所有する者だけでなく、所有しない者にとってもそれに劣らず、最も重要な自由の保障である」といい、金持ちへの嫉妬を煽り自由市場に政府が過度に介入すると、すべての市民を不幸にすると述べている。これが「下流老人」への反論だと思う。

 

 筆者は西ドイツ・英国への留学歴があるが、西ドイツが敗戦国ながら自由市場尊重で栄え、英国政府が市場に介入した故貧しくなったと、実例を挙げて上記を説明している。苦難の英国を(一時期)救ったのが、サッチャー改革であったことも付け加えられている。サッチャー首相は、ハイエクの信奉者だった。

 

 86歳の現在、以前はありがたがって読んでいた「文学」がつまらなく思えてきたともある。では何がいいかと言うと、上記のように完成された文学である詩や和歌には新たな感動を覚えるとのこと。英文学の専門家らしくE・A・Poeの詩を暗唱しているともある。一方エンターティンメントは色あせないとして、例えば岡本綺堂の「半七捕物帳」は楽しめるそうだ。

 

 自然科学は未完成な学問と一刀両断されたのは気に入りません。デジタル技術などはその典型ですから。でも著者の教えは痛いほどわかりますよ。