新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

平和安全法制の課題

 これまでも何冊かの新書で、集団的自衛権やその関連の議論を勉強してきたのだが、本書はそれらとは次元の違った論文集。国際安全保障学会の機関誌で2019年9月に発行されたものだ。テーマは「平和安全法制を検証する」。どうしてこんなものが手に入ったかというと、この学会の有力者とサイバー空間の安全保障の議論をしていて「読んでください」と手渡されたから。その人は自衛隊の背広組OBで、長く法整備に関わってきた人だった。彼にとっては、六法全書こそが「戦場」だったわけだ。

 

 第二次安倍内閣では、安全保障に関する法整備がいくつも達成された。極めつけが集団的自衛権行使の道を開いた2014年の閣議決定と、2015年に成立した「平和安全法制整備法」だと本書にある。そもそも憲法9条下では「戦力ではない自衛隊」に何ができるかについての議論はとても難しい。そんな中でも「自ら国を守る意志のない国は亡びる:マキャベリ」ことは自明なので、

 

・グレーゾーン

自衛隊の運用

・国際平和協力

 

 をどう考えてどこまでを法的に可能とするか、当該国会は激しい議論の応酬だった。

 

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 本書によれば、この法制で一通りの自衛権行使は可能になったというものの、まだ課題は残っている。

 

1)グレーゾーン事態への対処

 よく尖閣に中国の武装漁民が上陸したらという例が語られるが、武力攻撃と断定できない事態に対しての法的な規定は不十分だという。これにはサイバー空間での「攻撃」も含まれるだろう。

 

2)海上保安庁の位置づけ

 海上保安庁法によれば同庁の「戦力」は軍隊としての活動ができない。海上自衛隊との連携も難しく(同じ名前の艦船が双方にもある)、国家の関与が疑われるレベルの有事の際には機能を発揮できない。

 

3)自衛権と警察権の狭間

 海上保安庁海上自衛隊問題と同様、陸上自衛隊航空自衛隊も、自衛権行使のまえに警察権との境目の判断を迫られる。警察権の範疇の事態では、自衛隊は行動できないが、その境目は急速に不透明になってきている。

 

 その他にも「朝鮮半島有事の際のシミュレーション」など、興味深い記事の多い論文集である。お堅い法学会の論文なので、とても難しいのが玉に瑕だが。

 

 自衛権と警察権だけでなく、民生技術と軍事技術の境目も(デジタル化のせいもあって)無くなりつつあります。軍事の専門家とデジタル屋の会話、増やして行けたらなと思います。