新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

エロチック・ミステリー

 本書は横溝正史後期の作品、ちょうど還暦を迎えたころ執筆されたものである。ディクスン・カーが好きで怪奇趣味あふれた作品といいうのが作者の特徴だが、本書では珍しくエロチックなものに仕上がっている。元々は「百唇譜」という短編だったものを、そのモチーフだけを残して全く新しい長編(と言っても240ページくらいだが)にしている。

 

 「百唇譜」とは、ベッドを共にした女性の唇を紙に写し取った「唇紋」の収集譜。合わせて、女性の性癖などを事細かに記載したものというのが本書の設定である。そんなものがどうやったら集められるのか、探偵役の金田一耕助(この人そういうことには知恵が働かない)ならずとも不思議に思う。

 

 収集したのは一時期スターダムに彗星のように現れ、そして去ったイケメンタレント。すり寄ってくるファンだけではなく、男娼のようなこともしていて名の知れた・カネのあり余った女性たちともベッドを共にしていたらしい。加えて睡眠剤も使って意識を失わせ、唇紋を盗ったりいかがわしい写真を撮ったりしていた。その総数36人分。

 

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 イケメン男は昨年殺害されていたが「百唇譜」の行方は分からないまま、事件は迷宮入りしていた。厄介な事件を解決してふらりと旅に出ようとしていた耕助は、世田谷の路上にあった車のトランクで見つかった女性の刺殺体の件で、等々力警部に「拉致」されてしまう。

 

 このころになると私立探偵である耕助の警察内での評判も高まっていて、付き合いの長い等々力警部らだけではなく本書で初めて耕助に出会う警官たちも、

 

金田一先生にお目にかかれて光栄です」

 

 といって歓迎する。車の持ち主は付近に住む中国人の会社社長、被害者はその愛人だったらしい。会社社長は愛人が未成年の少年と浮気しているのではと疑っていたらしいが、少し離れたところでその少年も車のトランクから刺殺体で発見される。死体にはトランプ(愛人がハートのクイーン、少年がハートのジャック)が添えられていて、2人を会社社長が「重ねて刺し殺した」ように見える。

 

 まだ戦後の色濃い雰囲気で、中国人商人が(戦勝国なので)我が物顔に荒稼ぎしていたり、満州帰りの元特務機関員の男が跳梁したりする。被害者は「百唇譜」の一人だったことがわかり・・・。

 

 確か大学生のころ読んだのですが、エロシーンが多すぎて閉口したのを覚えています。作者の本来の作風ともちょっと違う、異色作でした。