新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2019-08-01から1ヶ月間の記事一覧

成長する島国の陰で

ジェラール・ド・ヴィリエのプリンス・マルコシリーズは、世界のいろいろな国や街を巡る。最近海外へ出かけることが多くなった僕には、今のその国/街と数十年の時間差を空けた比較を楽しむこともできる。1976年発表の本書の舞台はシンガポール、最近何度も…

レイルバロン時代の終わり(後編)

20世紀になったばかりの頃、アメリカ大陸の横断には最低4日を要した。「Wrecker」のテロは、カスケード・ギャップに限らずニューヨークなど東海岸にも及び、アイザック・ベルはサザン・パシフィック鉄道の特急券を利し、時には専用列車を仕立てて東海岸と西…

レイルバロン時代の終わり(前編)

クライブ・カッスラーも多作家である。「NUMA」のダーク・ピットシリーズは昔よく読んだ。サハラ砂漠を飛行機の残骸を基にした帆走ソリで脱出する話など面白かったが、さすがにあれだけ書くと飽きてくる。作者もそうだったのだろう。ピットの子供たちを登場…

不遇だったデビュー作

本書は、「時刻表アリバイ崩しもの浦上伸介シリーズ」の作者津村秀介のデビュー作である。1972年に「偽りの時間」というタイトルで出版されたが、大きな反響を呼ぶことは無かった。それが津村秀介がそこそこ売れてきた1982年に時刻表などを見直してこのタイ…

宍道湖とレマン湖

主として公共交通機関を使ったアリバイ工作に挑むルポライター浦上伸介シリーズの中でも、「湖シリーズ」と言われた作品群の第一作が本書である。著者の長編9作目で1986年発表の本書は、これまでも時々探偵役を務めていた浦上伸介のレギュラー化への入り口…

日本の医学ミステリー

以前ご紹介したのは奇術師のミステリー、今回は医学者のそれである。作者の由良三郎は、本名吉野亀三郎という高名な細菌学者である。本職の医療業界を背景に、先端医療技術も使ったトリックを多く示した。本書はその代表作のひとつ。 大きな病院を舞台に、院…

仮装強襲コマンド母艦(後編)

今回アマンダが指揮することになったのは、仮想強襲コマンド母艦「ギャラクシー・シェナンドー」号。戦艦アイオワに匹敵する66,000トンの排水量を持ち、かろうじて(拡張前の)パナマ運河を通過することができる。外観はバラ積貨物船に見えるが、内部には26…

仮装強襲コマンド母艦(前編)

J・H・コッブのアマンダ・ギャレットシリーズも5作目になった。2005年発表の本書以後、新しい作品はみかけていないのが残念である。4作目「攻撃目標を殲滅せよ」で、好敵手であるインドネシアの大富豪ハーコナンと知りあい、愛し合い、そして戦ったアマ…

圧倒的な1,000ページ(後編)

欧州委員会、各国政府、電力会社などが右往左往して実態もつかめない時、スマートメーターに異常なコードを発見した元ハッカーの中年男ピエーロ・マンツァーノはこの停電がサイバー攻撃によるものだと気づく。しかし政府への反対運動での逮捕歴もあるマンツ…

圧倒的な1,000ページ(前編)

以前「ゼロ」を紹介した、オーストリアの作家マルク・エルスベルグのデビュー作が本書。正面から重要インフラに対してのサイバー攻撃を描いた作品で、1,000ページを長く感じさせない迫力がある。インフラへのサイバー攻撃というと映画「ダイハード4.0」が有…

人生100年時代のプロローグ

アガサ・クリスティーは、トミー&タペンスものの長編を4つ書いた。最初の「秘密機関」は1922年発表、当時の2人は20歳代前半だった。しかし3作目の本書(1968年発表)では、2人は60歳代後半のはずである。2人の子供も結婚して孫もできた。そろそろ落ち…

心理探偵ベイジル・ウィリング

以前「幽霊の2/3」を、名のみ知られた名作として紹介したが、作者のヘレン・マクロイ自身も日本でそんなに有名な作者ではない。学生時代1,000冊のミステリーを読んだと自慢していた僕も、全くよんだことがない作家だった。今回ご紹介するのは、作者の初期…

インディアナポリスの貧しい探偵

本書はすでに2作ほど紹介しているマイクル・Z・リューインのアルバート・サムスンものの第四作である。サムスンものの評価を確立したとされる作品で、シリーズ中最高傑作という人もいる。本書の発表は1978年、そのころ舞台となるインディアナ州の州都イン…

壊れた家庭の物語

ボストンの私立探偵スペンサーとその仲間たちを描いたこのシリーズ、初期の作品「失投」と「初秋」は名作だとの評価が高い。「失投」はレッドソックスのエースが脅迫されて八百長に手を染めたのを、スペンサーが救う話。「初秋」は壊れた家庭で自閉症になっ…

解決しない探偵

ABCショップというカフェの片隅で、ミルクをすすりチーズケーキをほおばる老人。カカシのように痩せた男だが丸眼鏡の奥の眼光は鋭く、興奮してくると少し震える指で紐に結び目をつくったりほどいたりする。「イブニングオブザーヴァー紙」の記者ポリー・バー…

「御前」と呼ばれる探偵

以前傑作と名高い「ナイン・テーラーズ」を紹介したが、ドロシー・L・セイヤーズの作品はほかに読んだことが無かった。アガサ・クリスティーに匹敵するとの評価もある女流の大家だが、日本での紹介(翻訳)は進んでいなかったからだろう。現在は創元社やハ…

朝鮮半島、2003(後編)

生き残った北の特殊部隊員チョン・ヒチョル上尉は、南に潜入したかつての恋人リ・ガウンの案内でソウルにたどり着く。この過程で「南の先輩」であるガウンが教え諭すことが面白い。 ・北で一般に言われていること違い、社会主義と資本主義のどちらがいいかは…

朝鮮半島、2003(前編)

本書の作者ファン・セヨンは、韓国気鋭のミステリー作家と解説にある。いわゆる386世代(30代で、80年代に大学に入学、60年代生まれ)である。最近は聞かれないが、本書発表当時2003年には、韓国の「新人類」的な扱われ方をしている。ちなみに386の意味はも…

フェラーズの描く「相棒」

ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」には、すでに2人組で犯罪解決に挑む姿が描かれている。名探偵オーギュスト・デュパンに「わたし」という語り手が付いていて、読者は「わたし」にある程度自分を映しながら物語を読み進んでゆく…

白人支配は悪だったのか?

コンゴの南でアンゴラという国が独立しようとしていたころ、作者ジェラール・ド・ヴィリエの関心はこの国にあったようだ。アフリカだけではなく、欧州(白人)諸国の支配が世界中で終わろうとしていた時代である。柘植久慶の作品にも再三出てくるが、このよ…

シルヴァーマン博士自身の事件

ロバート・B・パーカーのレギュラー探偵スペンサーはボストン中心に活動するタフガイだが、恋人(知り合ってから10年以上経ってもそのままだが)スーザン・シルヴァーマンなくしては、力を発揮できない。学校のカウンセラーをしていた彼女がハーヴァードの…

等身大の女性制服警官

本書の作者であるローラ・リン・ドラモンド自身、制服警官であったが事故で警官として勤務が難しくなり大学で学び直した後、作家に転じている。彼女は、自分自身の経験から等身大の女性制服警官を描いた。とかくミステリーでは、警官は素人名探偵や殺人課の…

1機だけのB-29

74年前の今日、長崎に2発目の原爆が投下された。僕の親父はその目撃者である。今の長崎空港は大村湾の中に人工島として建設されているが、その北東に小規模な海上自衛隊の航空基地がある。さらにその北隣には陸上自衛隊の駐屯地もある。それらは、旧帝国海…

インテリジェント海賊との闘い(後編)

この種のシリーズで難しいのは、主人公(アマンダ&カニンガム)により大きく困難なミッションを与え続けないといけないという宿命にある。また主人公も昇進するので、立場が変わってしまうのだ。例えば(オリジナルの)「Star Treck」では、カーク艦長はず…

インテリジェント海賊との闘い(前編)

本書は、J・H・コッブのアマンダ・ギャレットシリーズ第四作である。第一作でステルス駆逐艦DDG-79「カニンガム」艦長としてアルゼンチン海空軍を一手に引き受けて戦った彼女は、第二作で揚子江を遡上するという荒業を見せ核戦争の危機を防いだ。この戦闘…

時刻表上の戦い

松本清張「点と線」に始まった日本のアリバイ崩しミステリーだが、森村誠一「新幹線殺人事件」である種の頂点に達した。英米のミステリーにも、このように精緻な「時刻表トリックもの」は見当たらない。日本の鉄道の正確さがその背景にあることは確かだと思…

千草検事の登場

土屋隆夫は1958年「天狗の面」でデビューした、日本の戦後の本格探偵小説第二世代を代表する作家である。横溝正史や高木彬光ら戦後まもなく(昭和20年代)に芽を出させた探偵小説ブームを、昭和30年代に花咲かせたミステリー作家のひとりである。 同時期に世…

マルコ殿下のクーデター計画

ザンジバル島は、タンザニア沖のインド洋に浮かぶ沖縄と同じくらいの面積を持つ島々である。本書の発表の1973年に先だつ1963年にイギリスから独立、タンザニアと合併しながら強い自治権をもつ「ザンジバル革命政府」が統治している。現在の人口は100万人あま…

使い捨て工作員の意地

元SAS隊員の覆面作家、アンディ・マクナブのニック・ストーンもの第5作が本書。前作で、蒸し暑いパナマでCIAの仕事として、単身中国人の子供を狙撃するという唾棄すべき任務に就いていたストーンだが、今回も(別の意味で)唾棄すべきミッションに放…

矜持ある軍人の孤独な闘い

先日、プリンス・マルコがベルリンの壁を越えるという活躍をした「チェックポイント・チャーリー」を紹介したが、それは1973年の発表。それから10年近くたって、ギャビン・ライアルが本書を発表した。「影の護衛」に続くマクシム少佐シリーズの第二作で、こ…