新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

コラージュを作る警視正

1979年発表の本書は、以前「緑は危険」や短篇集を紹介したクリスチアナ・ブランド後期の作品。英国女流作家の中でも、アガサ・クリスティの後継者と目された一人で「謎解き」についての評価が高い。本書の解説では「謎解き5人衆」は、ポー・チェスタトン・…

東京~タヒチ間6,000マイルのアリバイ

1973年発表の本書は、多作家西村京太郎の初期作品。70年代に作者は「消えたタンカー」など海にまつわるシリーズを発表していたが、本書はその中でも白眉と言える出来栄えである。 32歳のヨットマン内田は、25フィート級のクルーザー<マーベリックⅠ世号>で…

数ある中で最強のワトソン

このところ毎月、1910~20年代の長編ミステリーが確立した時代の傑作を紹介している。今月は1921年の作品「赤い館の秘密」。かつて本格探偵小説ベスト10といえば、間違いなく選ばれていた作品である。作者のA・A・ミルンは、「くまのプーさん」で知られた童…

現場のない殺人事件

直木賞作家有馬頼義の手になる本書は、1958年に<週刊読売>に連載されたもの。作者のミステリー代表作となった。作者は化け猫騒動でお馴染みの、久留米藩有馬家の末裔。伯爵家の生まれだったが、戦後に全財産を差し押さえられ無一文となった。種々の職業を…

ハーレムの少女はなぜ狙われる

2005年発表の本書は「どんでん返し職人」ジェフリー・ディーヴァーの<リンカーン・ライムもの>。面白くて、前作「魔術師」まで一気呵成に読んだのだが、新作が100円コーナーに並ぶのを待っているうちに、約2年経ってしまった。十分在庫が溜まったところで…

長編本格ミステリーの嚆矢

E・A・ポーが創始したミステリーという分野、基本は短編小説だった。奇怪な事件や深まる謎を前に、天才的な探偵役が登場して明晰な推理を見せる。読者が驚きを冷めさせないうちに、物語は終わる。いくつかの例外を除けば、ホームズ譚のようにミステリーは短編…

ヘンリ・ティベット主任警部登場

英国ではアガサ・クリスティの後継者と言われた女流作家が、戦後何人か出た。そのうちの一人が、本書(1965年発表)の作者パトリシア・モイーズ。正統的なミステリー手法で、スコットランドヤードの主任警部ヘンリ・ティベットと妻エミーの物語を20作ほど遺…

リカーディアン団体の勉強会

昨日「時の娘」を紹介したが、1974年発表の本書はそれをオマージュした作品。テューダー朝ヘンリー7世やトマス・モア、シェイクスピアらによって構築されたリチャード3世の冤罪は、20世紀後半には晴らされつつあった。本書は、舞台をリチャードを信奉する…

改ざんされた歴史に挑む警部

1485年の8月、英国の薔薇戦争のクライマックス「ボズワースの戦い」が行われた。ヨーク派リチャード3世とランカスター派リッチモンド伯(後のヘンリー7世)が戦い、リチャード3世が戦死している。リチャード3世はくる病に加えてポリオを患い体が不自由…

あったはずの殺人事件

1966年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ポワロもの」。しばらく前から作者の分身とも思える女流ミステリ作家オリヴァ夫人が、ポワロの相棒のような活躍を見せる。本書ではそれが顕著、ポワロを事件に誘い込むだけではなく、関係者を尾行して郊外ま…

「本歌取り4部作」のはずだったが

本書は1987年に作者の経営していた小さな出版社から発刊されていた「横溝正史殺人事件」を改題して、1990年に東京創元社が出版したもの。翻訳ミステリーがほとんどの創元社が、和製ミステリーを文庫化するのは珍しいこと。作者は山梨で出版社を営んでいたが…

金田一耕助の復活

戦前から「人形佐七シリーズ」などで有名だった横溝正史、戦後に敵性文学として禁止されていたミステリーが解禁されて、金田一耕助という名探偵を世に送り一世を風靡した。不可能興味や怪奇的な雰囲気でジョン・ディクスン・カーに似ていると言われるが、こ…

ディーン先生得意の大団円

昨年レオ・ブルースの「死の扉」を紹介したが、これがデビュー作になるキャロラス・ディーンは、とても名探偵らしい名探偵だと思った。ニューミンスターのパブリックスクールで歴史教師を務める40歳の独身男、歴史探偵とも呼ばれ歴史書から当時の事件の真相…

ディジョンの街の女相続人

1920年代は本格探偵小説の黄金期である。ホームズなどの19世紀からのミステリーから、1913年の「トレント最後の事件」を皮切りに新世代のミステリーが続々生まれたと評論家は口をそろえる。クリスティとクロフツがデビューしたのが1920年というのが象徴的だ…

墨野隴人の第二作

本書は、1973年<小説宝石>に連載されたもの。先月紹介した「黄金の鍵」に続く、高木彬光の墨野隴人シリーズの第二作である。明察神のごとき名探偵神津恭介を主人公にした本格推理に行き詰まりを感じたのか、作者は弁護士や検事を主人公にして法律や経済を…

セント・メアリ・ミード村を離れ

1964年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ジェーン・マープルもの」。ジェーンはセント・メアリ・ミード村で生まれ育ち、ほとんどその村を出ることはない。生来のおしゃべり好き、人物観察の能力をもって、ほぼプライバシーのないこの村のことは全て…

名探偵エリザベス二世陛下

本書は題名の通り、ほとんどのストーリーがバッキンガム宮殿の中で展開する。それなのに、「カナダ推理作家協会賞受賞」ってどういうことだろうといぶかった。実は作者C・C・ベニスンはカナダ人、なのにバッキンガム宮殿フリークだと巻末の解説にある。本書は…

「北斗星1号」に乗った美保

1993年発表の本書は、津村秀介の「伸介&美保」シリーズの1冊。表紙に函館山から市内を見下ろした写真が使われているように、事件の主要な舞台になるのは上野発札幌行きの寝台特急「北斗星1号」と、列車が朝の0424に到着する函館である。 「週刊広場」のア…

特急に追いつけないL特急

1995年発表の本書は、深谷忠記の「壮&美緒シリーズ」中期の作品。津村秀介の「伸介&美保シリーズ」とはちょっと違うアリバイ崩しものの連作である。後者は純然たる公共交通機関の乗り継ぎによるアリバイ工作がメインだが、前者は高速道路やその他の移動手…

伝説の不可能犯罪ミステリー

本書は、かつて探偵小説ベスト10を選べば、必ず入っていた伝説の不可能犯罪ミステリーである。作者は、以前「オペラ座の怪人」を紹介した新聞記者出身の作家ガストン・ルルー。1907年の発表で、それまであった「密室もの」が完全な密室ではなかったことを指…

墨野隴人登場

「刺青殺人事件」でデビューした高木彬光は、昨日短編集「5人の名探偵」で紹介したように、探偵役を使い分けていた。しかしその5人以外にも本書(1970年書き下ろし)が初登場になる、天才肌の名探偵墨野隴人がいる。本書の後、4作品に登場した彼は、実は・…

多情な保険調査員の死

「本格の鬼」鮎川哲也は、大家ではあるが多作家ではない。生涯に長編小説は22編しか遺さなかった。作者の一番脂の乗り切っていた時期が、おそらく1960年前後。本書は、その1963年に発表されたもの。作者がよくやることだが、本書も前年に短編として発表され…

16名の同窓会での罠

以前「洞爺湖殺人事件」を紹介したが、本書(1992年発表)も津村秀介の「湖シリーズ」の1作品。これも長く手に入らなかったものだ。同シリーズの「浜名湖殺人事件」で犠牲者の娘として登場した女子大生前野美保が、本書では浦上伸介の相棒役に定着している…

アダム・ダルグリッシュ警部登場

本書は、以前「女には向かない職業」を紹介したP・D・ジェイムズのデビュー作。1962年発表の本書で、英国では高名な探偵であるアダム・ダルグリッシュ主任警部(後に警視)が登場する。作者の筆は田舎町の情景や事件の背景にある人間描写に定評があり、重厚な…

ゴシントン・ホールのパーティ

1962年発表の本書は、女王アガサ・クリスティの「ジェーン・マープルもの」。ジェーンは1930年「牧師館の殺人」でデビューして30余年経ったが、今でもセント・メアリミード村の牧師館の隣に住んでいる。ただ村はずいぶん変わった。新しい住宅街が広がり、若…

3人がかりのアリバイ工作

津村秀介の「伸介&美保」シリーズ、最後の作品「水戸の偽証」を読めないでいるうちに、また未読の1冊が手に入った。舞台は能登半島、和倉温泉。そこに作者も何度か使っている、豪華寝台特急「トワイライト・エクスプレス」が絡んでくる。新幹線の走る太平…

不動のビジネス探偵登場

以前「腰抜け連盟」を紹介したレックス・スタウトのレギュラー探偵ネロ・ウルフと助手のアーチー・グッドウィンが初登場するのが、1934年発表の本書。ヴァン・ダインに始まる米国の本格黄金期の後半に登場したこのコンビだが、本格派が行き詰る中、本国では…

アリバイに護られた予告殺人者

1920年代は本格ミステリーの黄金期、巨匠エラリー・クイーンもデビューした1929年に、アリバイ崩しものの教科書のような本書も発表されている。このジャンルは1920年のクロフツ「樽」以下の先例があるが、作者クリストファー・ブッシュはデビュー作の本書を…

ライン河の対岸の城

1931年発表の本書は、怪奇&密室ミステリーの大家ジョン・ディクスン・カーの初期の作品。以前紹介した「夜歩く」「絞首台の謎」に次ぐ第三作で、前2作同様パリの予審判事アンリ・バンコランが探偵役を務める。ただ彼は、それほど売れた探偵ではない。 中世…

スコットランドの6人の画家

本書(1931年発表)はドロシー・L・セイヤーズの「ピーター・ウィムジー卿もの」の第六作。原題の「Red Herrings」は燻製のニシンのことだが、ここではミスディレクションを差す。軍用犬などの追跡を逃れるため、匂いの強い燻製ニシンを使って逃走路を欺瞞した…