新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

「斧・琴・菊」の怨念

敵性国家の象徴でもある「探偵小説」が軍国体制で抑圧されていた時代、愛好家たちは「捕物帳」に逃げ込んで時代が変わるのを待っていた。横溝正史も「人形佐七」などの諸作を書いていたが、晴れて(と言いましょう)戦後となり、堂々と本格探偵小説を書ける…

はぐれ刑事八木沢庄一郎

作者の大谷羊太郎は、大学在学中プロミュージシャンとしてデビューし、克美しげるのマネージャーもしていた。4度の江戸川乱歩賞挑戦で、「殺意の演奏」(1970年)でついに受賞。社会派ミステリーが主流だった時代に、トリックを前面に出した本格ミステリー…

大げさな名前の男

本書はアガサ・クリスティの「ポワロもの」で、1935年の発表。作者の脂がのりかけたころの傑作と評される作品である。これ以前のクリスティは、「アクロイド殺害事件」のような一発ものを書けても安定した作品群は書けないと思われていたフシがある。そんな…

美保たちの長崎旅行

「週刊広場」のアルバイトで、浦上伸介のアシスタントを務める前野美保は明聖女子大の4年生。銀行員だった父親が殺害された事件で、伸介と共に犯人を追い詰めた。それから20以上の事件で伸介の相棒として、時刻表をひっくり返している。・・・ただずっと大学4…

「シャレード」のドレス

本書は、以前紹介した「花の棺」でデビューした名探偵キャサリンものの第三作。山村美紗の作風は、複数の事件を起こし複数のトリックを組み合わせて、物語の中盤でも謎解きを示して進めていく本格ミステリーである。本書の解説を「本格の鬼」である鮎川哲也…

出版部長宮脇俊三

1960年、著者の鮎川哲也は日本推理作家協会賞を「憎悪の化石」と「黒い白鳥」の2作品をもって受賞した。いずれも本格推理の結晶のような作品で、選者11名中9名が推薦するという圧勝だったという。その受賞式のパーティでのことだろうが、作者は初対面の出…

三度目のハリウッド

本書は、巨匠エラリー・クイーンの1951年の作品。以前「ハートの4」(1938年)を紹介しているが、その後少し間を措いての三度目のハリウッドものである。この間、歴史的には第二次世界大戦があり、作者クイーンとしては架空の田舎町ライツヴィルものを数編…

ラスタファリー教徒の死

本書は、英国の本格ミステリー作家コリン・デクスターのモース主任警部ものの1作。何作か紹介しているが、評価の難しいシリーズである。ロンドン近郊の警察署に持ち込まれる奇怪な事件を、独り者のモース主任警部と愛妻家のルイス巡査部長が解決していく物…

事件÷推理=解決

以前「千草検事シリーズ:影の告発」を紹介した、土屋隆夫のデビュー長編が本書(1957年発表)である。決して多作家ではないが、印象に残る本格ミステリーを何冊も残した。ミステリー評論でも名高い作者自身が、「その作家のことを知ろうと思えば、デビュー…

ギデオン・フェル博士登場

本書(1933年発表)はディクスン・カーの6番目の長編。二人のエラリー・クイーンより1年遅れて米国に生まれた作者は、クイーンに1年遅れて「夜歩く」でデビューする。最初のレギュラー探偵はフランスの予審判事アンリ・バンコランだったが、本書でギデオ…

私の祖母に似ている

ヒトラーとの戦争を戦い抜いている時も、英国のミステリー作家たちは新作を発表し続けた。米国から英国に移り住んでいたディクスン・カーは、「爬虫類館の殺人」で、ロンドン空襲の警報音を謎解きのキーにしていたほどだ。本書もそんなころ1942年に発表され…

急行「北陸」1960

本書は、鮎川哲也の「鬼貫警部もの」。とはいえ、鬼貫警部自身は12章中の一章、30ページ余りにしか登場しない。相棒の丹那刑事も数章に登場するだけ、事件の解決は容疑者の一人だった銀行員とその恋人にサツ回りの新聞記者が語ることで読者に知らされる。 解…

暗号はとても面白いが

ミステリーの始祖エドガー・アラン・ポーは怪奇もの、スパイもの、実録もの、密室、本格ものなど多くのジャンルに足跡を残した。暗号ものの元祖「黄金虫」もそのひとつ。コナン・ドイルも「踊る人形」という暗号ものを書いている。これらは、通常の文字を別…

イタリア人探偵ベネデッティ教授

本書は1979年発表の、ウィリアム・L・デアンドリアの第二作。デビュー作「視聴率の殺人」の<ネットワーク>の社内探偵マット・コブとは違い、イタリア人の名探偵ニッコロウ・ベネデッティ教授が探偵役を務める。デビュー作以上の評価を得た作品で、本格ミステ…

陸軍登戸研究所の毒薬

本書は1957年発表の、高木彬光の「神津恭介もの」の比較的初期の作品。戦後間もない1948年に「刺青殺人事件」でデビューした作者と名探偵のコンビは、1961年「白魔の歌」までおおむね1年に1長編のペースで発表されていたが、その後10余年の眠りにつくこと…

失明した名探偵

シャーロック・ホームズも奇矯な性癖の持ち主だったし、そのライバルたちも平々凡々とした人はいないのはある意味当然なのかもしれない。名探偵というのは非凡な人だから名探偵なのであって、凡人型と言われるクロフツのフレンチ警部でも、もちろん鋭い推理…

横浜・京都・塩釜を結ぶ道

本書も津村秀介のアリバイ崩しもの、ルポライター浦上伸介が容疑者のアリバイを実際にその街に出掛けその列車や飛行機に乗って検証するストーリー。いわゆる「トラベルミステリー」なのだが、風光明媚な地を巡りながらもどちらかと言えば「鉄道ヲタク」的な…

「市川監督渾身の一作」の原作

横溝正史の金田一耕助シリーズは、巨匠市川崑監督によって多くの作品が映画化された。監督はいくつかの大作を発表した後、「女王蜂」で大きな挑戦をした。それは、前3作に起用した大物女優をすべて出演させるということ。 「犬神家の一族」 高峰三枝子 「悪…

ミス・マープルのロンドン感傷旅行

本書は、アガサ・クリスティ晩年の74歳の時(1965年)に発表されたものである。古き良きロンドンをそのままに維持する「時のないホテル」という設定のバートラム・ホテルが舞台となったミステリーである。このホテルは架空のものだが、モデルはメイフェアの…

若狭・東京間の遠隔推理

江戸川乱歩に続いて登場した本格探偵小説の旗手、横溝正史と高木彬光の作風には対照的な部分がある。横溝流は怪奇ものと見せかけて合理的な解決に持ち込むもので、ディクスン・カーの手法に近い。高木流は怪しげは雰囲気の中にも科学の眼が光っていて、より…

推理作家って大変なんだ

以前「推理日記」というミステリー書評を紹介した、作家佐野洋。「眼光紙背に徹す」と評された、当代一流の読み手である。古来の「ノックスの十戒」」などではないが、作者が読者に仕掛けるアンフェアなことを厳しく戒めている。ストーリー展開に関わるミス…

おりんでございやす

本書は横溝正史の作品の中でも、映画化されてマニア以外の人にも知られた作品である。舞台は例によって岡山県、特に本作では岡山弁が目立つ。岡山方面の言葉には、尾張の方言に似た表現がある。ひょっとすると昔は近畿地方を中心にこの種の方言が広く普及し…

伸介・美保の欧州行

本書は津村秀介の長編50作目、レギュラー探偵浦上伸介と前野美保が容疑者のアリバイ崩しに挑むいつものお話しだ。ただちょっと違うのは、殺人事件があったときには容疑者は欧州出張をしていたこと。1件の殺人は成田発ローマ行のJAL便の中、もう1件はANA便…

近代米国のパズラー、デビュー

W・L・デアンドリアは1978年本書でデビューし、1996年に44歳の若さで亡くなるまでに約20の長編小説を残した。邦訳されたものはその半分もないようで、僕自身「ホッグ連続殺人」と「五時の稲妻」の2編しか読んでいない。エラリー・クイーンを彷彿とさせる本…

脇役としての狩矢警部

中学生の頃にエラリー・クイーンに出会ってから、高校在学中に500冊程度は読破したと威張っている僕だが、実は山村美紗の作品を読んだことが無かった。TVの2時間ドラマの原作が多くあったことは知っているし、少しは見た記憶もあるのだが、小説としての作…

司法と医療の対立

以前「ジェネラル・ルージュの凱旋」を紹介した海堂尊の、同じ「田口・白鳥もの」の比較的新しい作品が本書。「ジェネラル・・・」が救急救命医療の現実を告発するような医療ミステリーとしては「医療」に重心があるものだったが、本書は「ミステリー」の方に重…

毒のない毒殺事件

本書は1927年発表の、ドロシー・L・セイヤーズの第三長編。いつものように、貴族探偵ピーター・ウィムジー卿が活躍する本格ミステリーだ。アガサ・クリスティーが名作を発表し始めていたし、米国ではヴァン・ダインがデビューしていたが、クイーンもカーもま…

計画殺人の難しさ

本格ミステリーだと、どうしても犯罪は殺人が中心に据えられることが多くなる。「ノックスの十戒」の中にも、殺人未満の事件では不十分だとの記述がある。また結果として人が死んだのだが、衝動的な殺人・事故のようなものではインパクトが薄い。どうしても…

事件記者の生態

本書はアリバイ崩しものの大家、津村秀介の比較的初期の作品である。横浜県警淡路警部と毎朝日報谷田キャップは登場するが、フリーライターで探偵役浦上伸介のパートナー前野美保はまだ登場しない。 京都に近い保津峡で、女が男を渓谷に突き落として殺した。…

ペトラ遺跡での殺人事件

アガサ・クリスティーは最初の夫アーチボルト・クリスティと離婚した後、14歳年下の考古学者マックス・マーロワンと再婚した。前夫との間に何があったのかはわからないが、失踪事件を起こすなど精神的に追い詰められて離婚に至ったようだ。二人目の夫は学者…