新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

本格ミステリー

最初の「回想の殺人」もの

本書は(第二次世界大戦中の)1942年発表のポワロもの、後年アガサ・クリスティーが得意とした「回想の殺人」の最初となった作品である。作者と作中の探偵たちも年齢を重ねるうち、作者は探偵役に過去の事件を扱わせるようになる。「象は忘れない」「復讐の…

7世紀アイルランドの法廷弁護士

本書は以前長編「蜘蛛の巣」を紹介した、ピーター・トレメインの修道女フィデルマを探偵役としたシリーズの第一短編集。作者の本名はピーター・B・エリスといい、著名なケルト学者である。このシリーズのほかにもドラキュラを題材にしたホラー小説も書いている…

ウィムジー卿を巡る女性たち

本書は1930年発表の、ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジー卿ものの第五作。前作「ベローナクラブの不愉快な事件」より、第三作の「不自然な死」によく似た毒殺ものである。古来女流ミステリー作家には、毒殺ものが多い。アガサ・クリスティも第一…

山男善人説を覆し

以前「高層の死角」「新幹線殺人事件」を紹介した森村誠一は、初期の6長編が第一期と言われている。今は「棟居刑事もの」などシリーズ作も多いのだが、このころは全て舞台の違う単発ものを発表していた。本書はその中の第五作にあたる。 ホテルマンを10年勤…

国名シリーズの終着駅は日本

本書は、エラリー・クイーンの国名シリーズ最終作品である。第9作の「スペイン岬の謎」のあと、突然「中途の家」と来て国名シリーズは中断する。ある評ではこの作品は「スゥエーデン燐寸の謎」とすべきだという話も合ったのだが。そして第11作は最初の題は…

スコットランドの寒いイブの夜

ミステリーの女王アガサ・クリスティは、英国の地に多くの後継女流作家を遺した。米国にも多くの女流ミステリー作家はいるのだが、社会派ミステリーだったりユーモアミステリーだったり、時にはハードボイルド/警察小説を得意とする人もいる。それに比べて…

東京・名古屋、1962

大家ではあるが、鮎川哲也の長編ミステリーは22編しかないのだそうだ。そのうち20編には、レギュラー探偵の鬼貫警部か星影龍三が登場する。作者はアリバイ崩しものを鬼貫警部・丹那刑事のコンビを主人公に、密室殺人など不可能犯罪ものを星影龍三を探偵役に…

雑誌「幻影城」が生んだもの

「幻影城」というのは江戸川乱歩のミステリー評論のタイトルなのだが、同じ名を冠したミステリー雑誌があった。1975年創刊というから僕は大学生になったばかり。一番ミステリー熱の高かったころではあるが、あまり日本の雑誌には興味も財布も向けなかった。…

キャンピオン氏の少年時代の記憶

マージェリー・アリンガムという女流作家は、英国ではアガサ・クリスティ、ドロシー・L・セイヤーズ、ナイオ・マーシュと並んで同時代の4大女流ミステリー作家として知られている。ただほとんど日本に紹介されていないマーシュほどではないにしても、日本の読…

エスピオナージ風のポワロもの

本書の発表は1940年、英国大陸派遣軍がダンケルクから命からがらの撤退をし、フランスは降伏してしまった年だ。チャーチル首相が「Their Finest Hour」と強がっても、英国が一番苦しかったころに違いない。皮肉なことだが、前年に代表作「そして誰もいなくな…

黄金の20年代の始まり

エドガー・アラン・ポーの創始になるミステリーというもののうち、本格探偵小説という分野が黄金時代を迎えたのは1920年代からだろう。アガサ・クリスティのデビューも今回紹介するフリーマン・ウィルズ・クロフツのデビューも1920年である。 1926年には、S…

連立方程式を解くように

本書は、寡作家ながら日本のミステリー作家の中で最も精緻な本格ものを残した土屋隆夫の代表作。登場するのは、千草検事とその仲間の刑事たちである。多分40年以上昔に単行本で読んでいるはずだが、手に入ったのは光文社が「新装版」として出版したもの。3…

隠れた本格ミステリー作家

ルーファス・キングという作家のことは、今まで全く知らなかった。デビュー作「Mystery De Lux」は1927年の発表というから、同じニューヨークを舞台にしたミステリー作家としては、かのエラリー・クイーンよりも先輩である。第三作「Murder by the Clock」(…

ライツヴィル最後の事件

本書は巨匠エラリー・クイーンの、最後から2番目の長編ミステリーである。以前最後の作品「心地よく秘密めいた場所」(1971年発表)を紹介しているが、本書はその1年前に発表されたものだ。 エラリーの活躍の舞台は、通常は父親は市警本部の警視をしている…

「漫才コンビ」再結成の裏で

以前「視聴率の殺人」「ホッグ連続殺人」「ピンク・エンジェル」を紹介した、W・L・デアンドリアの第四作が本書(1981年発表)。2作間をあけて、メディア大手<ネットワーク>の特別企画担当役員マット・コブが帰ってきた。<ネットワーク>はNBCやCBSをモデ…

ロンドン塔の闇と霧

本書(1933年発表)は、ディクスン・カー名義の名探偵ギデオン・フェル博士ものの第二作。前作はロンドンの北約200kmのチャターハムで起きた事件だったが、今回はロンドンのど真ん中、ロンドン塔での怪死事件にフェル博士と米国青年ランポール、ハドリー主任…

女王円熟期の傑作

本書の発表は1940年(1941年とする説もある)、まさに英国にとって一番苦しかった「There Finest Hour」のころだ。今にもヒトラーの軍隊が上陸してくるのではないかと思われた時期なのに、ミステリーの女王はこのような傑作を書き上げた。 1920年「スタイル…

親子探偵のモデル?

作者のマージェリー・アリンガムは、アガサ・クリスティーやドロシー・L・セイヤーズと並ぶ1920年代からの英国女流ミステリー作家。10歳代のころから冒険小説を書いていたということだが、長編ミステリーとしては1928年発表の本書がデビュー作。以後1968年に遺…

千草検事の哀しき解決

本書は土屋隆夫の「千草検事もの」の中でも名作とされ、日本のミステリーxx選を編纂してみれば恐らく選ばれると思われる。作者の数少ない作品(15長編)の中でも千草検事が登場するのは5作品しかない。 ・影の告発 ・赤の組曲 ・針の誘い ・盲目の鴉 ・不安…

機械仕掛けが一杯

本書は、エリザベス・フェラーズの「トビー&ジョージもの」の第二作。以前紹介した「その死者の名は」に次ぐもので、同じ1940年に発表されている。作者は英国ではクリスティの後継者のひとりと称賛されているのだが、日本では「猿来たりなば」と「私が見た…

極北の9人の囚人

以前映画「コブラ」の原作となったアクション小説「逃げるアヒル」を紹介した、ポーラ・ゴズリングの第二作が本書。決まった主人公やある種のパターンを持たない作家と言われているが、本書は思い切った舞台設定をしたエスピオナージ風のミステリーと言える…

鬼才の本格ミステリー

ジョン・スラデックは米国の作家、SFやミステリー・ノンフィクションも書いたが、いずれもパロディ色の強いものだという。面白いのはSF長編に1983年発表の「Tik Tok」という作品があること。今、米中間で問題になっているサービスとの関係は不明だ。 ミステ…

古代ケルトの「ブレホン法典」

7世紀のアイルランド、そこは非常に人道的な法体系が整備され、市民が権利を主張できる公正な裁きの場があったと本書は紹介している。当時のアイルランドはケルト人の国家だった。多くの部族が緩やかな連携を保っていて、外来の侵略者があればこれと共同し…

コロンボ警部の犯人捜し

ロス・アンジェルス市警のコロンボ警部、殺人課所属だから殺人犯人を捜すのは当たり前のこと。しかしいつも彼は「捜し」てはいない。多くの事件で現場にあのボロ車(プジョーらしい)で現れた時は、すでに犯人の目星がついているように見える。まあ読者/視…

英国で一番有名な探偵

本書は、先月「別室3号館の男」を紹介したコリン・デクスターのモース警部ものの1冊である。かの記事では英国人が「日本人もツウだな」と評したことを紹介しているが、日本での評判と英国での評価には乖離があるようだ。 本書の解説に、英国の雑誌<ミリオ…

Google MAPのおかげ

本書は、何度も紹介している津村秀介のアリバイ崩しもの。このシリーズの特徴は、ルポライター浦上伸介とその仲間たちが、犯人と目される人物の鉄壁とも思えるアリバイトリックを暴くことにある。しかしトラベルミステリーの要素もあって、多くは日本国内だ…

「斧・琴・菊」の怨念

敵性国家の象徴でもある「探偵小説」が軍国体制で抑圧されていた時代、愛好家たちは「捕物帳」に逃げ込んで時代が変わるのを待っていた。横溝正史も「人形佐七」などの諸作を書いていたが、晴れて(と言いましょう)戦後となり、堂々と本格探偵小説を書ける…

はぐれ刑事八木沢庄一郎

作者の大谷羊太郎は、大学在学中プロミュージシャンとしてデビューし、克美しげるのマネージャーもしていた。4度の江戸川乱歩賞挑戦で、「殺意の演奏」(1970年)でついに受賞。社会派ミステリーが主流だった時代に、トリックを前面に出した本格ミステリー…

大げさな名前の男

本書はアガサ・クリスティの「ポワロもの」で、1935年の発表。作者の脂がのりかけたころの傑作と評される作品である。これ以前のクリスティは、「アクロイド殺害事件」のような一発ものを書けても安定した作品群は書けないと思われていたフシがある。そんな…

美保たちの長崎旅行

「週刊広場」のアルバイトで、浦上伸介のアシスタントを務める前野美保は明聖女子大の4年生。銀行員だった父親が殺害された事件で、伸介と共に犯人を追い詰めた。それから20以上の事件で伸介の相棒として、時刻表をひっくり返している。・・・ただずっと大学4…