新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

なぜか出版できた「禁断の書」

2012年発表の本書は、ドイツの作家ティムール・ヴェルメシュの風刺小説。今のガザ紛争とそれに対する世界の反応を見ていると、本書(&映画)が「禁断の書」として葬り去られなかった理由が分からない。 アドルフ・ヒトラー(私)は1945年にベルリンの地下壕…

LGBTQハードボイルド

1986年発表の本書は、ヒスパニック系の法律家マイケル・ナーヴァのデビュー作。作者はカリフォルニア州の片田舎で、壊れた家庭で育った。親元を離れてロースクールに学び、検察庁に努める傍ら小説を書き始めた。主人公は、やはりヒスパニックの青年弁護士ヘ…

まさに仰る通り!

2022年発表の本書は、経済学者野口悠紀雄教授の「日本経済復活の処方箋」。このテーマは経営視点で論じられることも多いが、本書は賃金と生産性に焦点を当てている。前半は日本経済の現状を統計値から明らかにしているだけだが、後半「どうすれば賃金が上が…

懸賞短編から長編へ

本書は1976年から雑誌「幻影城」に連載され、1979年に単行本になったものだが、それ以前の1974年に「小説宝石」で発表された短編がもとになっている。この時から題名「朱の絶筆」や登場人物の名前、事件のあらましは変わっていない。 本書には、その両方(45…

追悼、夕張食堂の歌姫

歌手の大橋純子さんが亡くなった。享年73歳。後に債権管理団体となる夕張市の出身で、夕張食堂のお嬢さんだった。高校生の頃、そのパワフルな歌声、特に爆発するような高音に驚いてファンになった。創元推理文庫の本格ミステリーを買うのを我慢(!)して、L…

日本に自律と核武装を勧める

本書はフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏が、ウクライナ紛争後の世界についてインタビューに応えたもの。侵攻後1ヵ月前後に2度受けたインタビューが基になっていて、他の2つの記事はこれらを補完する目的で、2017年と21年のものを再掲してい…

ハンブルグに来たイスラム青年

2008年発表の本書は、スパイ小説の大家ジョン・ル・カレの晩年の作品。昨年回想録「地下道の鳩」を紹介しているが、どうも本格スパイ小説を紹介するのは初めてらしい。舞台はドイツの港町ハンブルグ、そこにやってきたやせぎすのイスラム青年イッサ。チェチェ…

新GDP3位の国のテレワーク

GDPランキングで、ドイツが日本を抜いて3位になったと報じられている。明らかに円安の影響が大きく、本質的には日本の生産性(特に中小零細企業)が伸びていないことが原因と思われる。 2021年発表の本書は、在独30余年のジャーナリスト熊谷徹氏の「ドイツ…

300ページに7つの事件

1976年発表の本書は、斎藤栄のノンシリーズ。以前紹介した「Nの悲劇」から4年経って、年間10冊ほどの長編を発表するようになっていた。S・S・ヴァン・ダインは「一人の作家に半ダース以上のミステリーのアイデアはない」と言って、多作を戒めていた。本人も…

マニアが最後に読むべき探偵小説

1925年発表の本書は、後に英国カトリック聖職者の最高位まで昇りつめたロナルド・A・ノックスのデビュー長編。探偵小説が黄金期を迎え、純文学・童話など他の分野からの参入があったうちでも、ひときわ特徴ある作品である。作者は生涯で6つの長編を遺したが、…

寄せ集め航空団の闘い

1991年発表の本書は、CNN記者から軍事ジャーナリスト、作家に転じたマイケル・スキナーのフィクションデビュー作。軍用機がいっぱい(さすがに戦闘はしなかったが、日本のF1支援戦闘機まで!トルネードやミラージュも)出てくる。作者はパイロットではないが…

イスラム教シーア派の主導国

2021年発表の本書は、共同通信社で2年間テヘラン支局長を務めた新冨哲男氏のイランレポート。イランはシーア派イスラム教徒の主導国で、イスラエルを攻撃している<ハマス><ヒズボラ><フーシ派>の後ろ盾である。 紀元前550年、この地にアケメネス朝ペ…

京都美術大学同窓生の3人

2004年発表の本書は、第14回鮎川哲也賞に応募し受賞を果たした岸田るり子のデビュー作。日本でも密室殺人に挑戦する新鋭がいたとは正直驚いた。 科学捜査が徹底してきた現代においては、わずかな痕跡も官憲は見逃さない。暗い街燈時代に流行した一人二役トリ…

国際謀略小説の傑作

2008年発表の本書は、「過去からの狙撃者」など諸作を紹介しているマイケル・バー=ゾウハーの近作。ブルガリア生まれのユダヤ人で、恐らくは<モサド>の一員として中東戦争を戦い抜き、作家に転じている。その経験からくるインテリジェンスは、他の作家の…

危機が生む政策起業イノベーション

2019年発表の本書は、アジア・パシフィック・イニシャティブの創設者船橋洋一氏のシンクタンク論。冒頭、シンクタンクは世界的な危機(戦争や恐慌)を受けて、設立されたとある。 ・WWⅠ ブルッキングズ、CFR ・WWⅡ RAND、CSIS ・冷戦 PIIE 公正な政策提言を…

この時何が起きたか、来年は何が?

来年11月の米国大統領選挙に向けて、すでに全ての候補者は助走からトップスピードに加速しつつある。ニューヨークに住む友人は、もしトランプ政権(か類似のもの)が再びできるようなら、国外脱出を図りたいと言っている。 2020年の大統領選挙は、有権者は関…

SFからミステリーへの転換点

1990年発表の本書は、100冊ほどの長編を著わし現在も作家活動を続ける山田正紀の中期の作品。作者は、1974年「SFマガジン」に「神狩り」を載せてデビューを果たした。 ・1978年「地球・精神分析記録」で星雲賞 ・1980年「宝石泥棒」で星雲賞 ・1982年「最後…

Quod Erat Demonstrandum

本書は、巨匠エラリー・クイーン晩年の短編集(1968年発表)。題名は「Queen's Experiments in Detection」だが、これはラテン語の「Quod Erat Demonstrandum(証明終わり)」と同じ略称「QED」となっている。論理推理で一世を風靡した若き日の名探偵エラリ…

ポワロでもマープルでもなく

1961年発表の本書は、女王アガサ・クリスティのノンシリーズ。ポワロもマープルも登場しないが、「そして誰もいなくなった」のような名探偵が登場できない設定でも、普通小説でもない。ロンドンに近い片田舎にある古ぼけた旅籠(!)<蒼ざめた馬(*1)>を…

重鎮の文学色濃い短篇集

本書は、「千草検事もの」などを何冊も紹介しているミステリー界の重鎮土屋隆夫の短編集。長編はわずか13作しか遺さなかった作者だが、いくつもの雑誌に投稿した短編はそれなりにある。ここには、1953~75年にかけて発表された8編の中短編が収められている…

人の生活を知るのが商売

本書(1964年発表)は、正統派ハードボイルドの旗手ロス・マクドナルドが英国推理作家協会賞を受賞した代表作である。一口に正統派ハードボイルドというが、リアルで非情なハメット、あくまで内省的なチャンドラーと作者のトーンは異なる。僕の感じからいう…

極右組織のホワイトハウス攻略

1995年発表の本書は、以前「氷壁の死闘」を紹介した冒険作家ボブ・ラングレー晩年の作品。「氷壁・・・」が第二次欧州大戦を舞台にした山岳冒険小説だったように、作者は何らかの紛争を背景にした謀略小説が得意だ。 本書では<ムーブメント>という極右組織が…

「洪門」という根強い勢力

昨日の「中国vs.世界」に引き続き、安田峰俊氏の中国論を紹介したい。それも特別にドロドロしたテーマである秘密結社。広大な土地を治めるには、地方分権型では上手くいかない。古来の王朝も、今の共産党政権も、 ・中央に絶対的な権力を集中 ・地方には中央…

ソフトパワーとしての中国

2021年発表の本書は、ルポライター安田峰俊氏の国際情勢レポート。<月刊Voice>に2020~21年にかけて連載された記事を、加筆・修正したもの。習政権になって「戦狼外交」が顕著になっているが、それ以前は多くの国が米国や日本より好感をもっていた中国に対…

デジタル社会の行きつく先?

2022年発表の本書は、フリージャーナリスト金敬哲氏の韓国ネット社会の現状レポート。韓国は間違いなくデジタル先進国で、電子政府の充実度などは日本の20年先を行っている。金大中時代に始まったIT先進国を目指したインフラ建設は、IMF管理になった暗黒時代…

大陪審は一方通行だが

本書は以前「評決」を紹介した、弁護士作家バリー・リードの第三作。「評決」とこれに続く「決断」は作者が弁護士として専門としている医療過誤や製薬業の製造物責任を扱ったものだが、本書(1994年発表)は本格的な殺人事件を扱う法廷ものになっている。さ…

内省的な元ジャンキー探偵

1986年発表の本書は、TV業界でプロデューサーなどを務め政治コンサルタント(主に選挙キャンペーン)の経験もあるラリー・バインハートのデビュー作。アメリカ探偵作家クラブの新人賞を受賞している。ただ、作者の作品はほとんど日本では邦訳されず、2000年…

「所詮言葉の問題」ではない

2016年発表の本書は、心理学者岡本真一郎教授(愛知学院大学心身科学部心理学科)のコミュニケーション論。インターネット上では、すでに国家間の謀略レベルの「偽ニュース」が充満しているが、悪口・嘘・ヘイト等の本質は変わらないと考えて買ってきた書で…

交渉なくして和平なし・・・ならば

2023年発表の本書は、アフガニスタンなどの戦争終結に関する試みを多く経験した上智大学(グローバル教育センター)東大作教授の手になる「ウクライナ戦争終結への道」。大国が小国を相手に勝てず、結局は退いた例(ベトナム・アフガニスタン等)は多いが、…

商社欧州駐在員の奇禍

1987年発表の本書は、「伸介&美保シリーズ」でお馴染みの津村秀介の長編ミステリー。ただし、伸介や美保は登場しない、珍しいノンシリーズである。作者は海外旅行好きで、15年間毎年一度は海外旅行に出かけていたという。特に欧州がお好みで、1960年代から…