新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

KGBのスリーパー

ジャック・ヒギンズの諸作は、第二次世界大戦終盤を舞台にした「鷲は舞い降りた」「鷲は飛び立った」から現代まで、連綿と続く大河ドラマのようなものだ。「鷲は舞い降りた」でチャーチル誘拐を狙うドイツ将校シュタイナー少佐を助けたIRAの闘士リーアム…

スパイは紳士のお仕事

CIAの業務委託でリーツェン城の修復資金を稼いでいる、神聖ローマ帝国第18代大公のマルコ・リンゲ殿下。その冒険の多くは発展途上国でのものなのだが、今回はウィーンから至近のロンドンでの活躍である。米ソ冷戦も終わりに近づいていた1977年発表の本書では…

相棒は女子大生

津村秀介のアリバイ崩しシリーズ、レギュラー探偵はルポライターの浦上伸介である。長編5作目の「山陰殺人事件」でデビューし、以後ほとんどの作品に登場する。彼のことは、「印象の薄い名探偵」として紹介してから何度か取り上げている。 このシリーズ、「…

トム・クランシーの遺作

戦闘級のチャンピオンであるマーク・グリーニーをパートナーに、よりリアルな国際紛争小説を発表してきたトム・クランシーは、2013年に急逝した。66歳だった。事実上の遺作となったのが、本編「米中開戦」である。ただ、実際に両国が宣戦布告しての全面戦争…

ジュブナイルの思い出

僕が子供の頃にはルパン三世もコナン君もいなかったから、少年たちがよく読んでいたのはホームズもの、ルパンもの、明智小五郎と少年探偵団の活躍する子供向けの本だった。挿絵も多く、漢字が少なく、もちろん抄訳たっだと思われる。 何冊か読んだはずなのだ…

戦略兵器としての石油

マルコ殿下、ひさびさのアメリカでの活躍である。といっても冒頭は平和な殿下のお城「リーツェン城」でのパーティシーンから。CIAから貰う命の代償の資金で荒れ果てた城は少しづつ復旧、殿下も住めるようになりパーティも開けるようになった。 殿下自身も…

87分署、皆殺し計画

前作「稲妻」の最後に、「ヤツが帰ってきた」と87分署の刑事たちが青くなるシーンがある。すでに3度、キャレラ刑事たちを窮地に陥れ、一度は主人公のキャレラに散弾銃で重傷を負わせた男「デフ・マン」が帰ってきたのである。 そもそも「稲妻」の冒頭から、…

真剣師連続殺人事件

おなじみ浦上伸介シリーズの比較的初期の作品(1986年発表)の本書だが、浦上や先輩格の相棒「毎朝日報」の谷田編集長が大好きな将棋の世界の事件である。浦上はアマ二~三段、谷田は四段で将棋クラブに通う棋力。今回の事件の中心人物たちは、それをはるか…

87分署もの、欠けた輪

最後のエド・マクベイン87分署シリーズ「凍った街」を読んでから、ずいぶん時間が経った。全部で56作あるこのシリーズ、学生の頃に読んだのは30作目までくらいだった。それを数年前から少しづつBook-offで買い集めて来て読んでいるのだが、第37作「稲妻」が…

良いおまわりになるためのクイズ

マイクル・Z・リューインのアルバート・サムスンシリーズを1冊を残して読んでしまったので、もうひとつのシリーズであるパウダー警部補ものを買ってきた。パウダー警部補はインディアナポリス警察のベテラン刑事。サムスンものにも、ちょい役で出てきたこ…

不器用なドイツ人

ドイツ好きの僕たち夫婦、この数年平均年一度はドイツ旅行をしている。アパートメントの部屋や列車の中、ショッピングセンターにも面白メカは一杯ある。最初にドイツに仕事で滞在していたころ、窓の開け方を見てびっくりした。レバーが下に向いていると閉ま…

英国海軍のゲリラ戦

ダグラス・リーマンは、海の男の物語を多く残した作家である。彼は第二次世界大戦中、実際に船団護衛等の任務に就いた英国海軍軍人。アレクサンダー・ケント名義で、ナポレオン時代の英国海軍軍人リチャード・ボライソーを主人公にしたシリーズが30冊ばかり…

フランス人の警官

ミステリーというと、やはり主役は英米。フランスはミステリーの舞台になることは多いが、作家については日本に紹介されたものは少ない。悪女もので知られるカトリーヌ・アルレーやサスペンスものが得意のセバスチャン・ジャプリゾなどは知られているが、本…

シュトゥットガルトを食べる

13あるドイツ連邦の州で南ドイツと言えば、一番有名なのはバイエルン州。ミュンヘンを始め多くの観光地もあるが、ダイムラーやシーメンスなどの重工業も盛んなところである。その西隣、バーデン・ヴュルテンベルグ州の州都がシュトゥットガルトであり、この…

まだ「のぞみ」がなかったころ

「偽りの時間」改め「影の複合」でデビューした、アリバイ崩しの大家津村秀介の第二作が本書である。鮎川哲也「準急ながら」などに触発されて、公共交通機関を使ったアリバイトリックミステリーを書いたものの、デビュー作はあまり売れず。後に改題して復刊…

東シナ海、2017

米中対立に台湾の来年の総統選挙もからんできて、東シナ海の緊張は緩むことはないのだが、世界の注目が集まるこの海域を舞台にした軍事スリラーをぽつりぽつり見かけるようになってきた。 本書の発表は2015年、まだアメリカは安定しており中国は軍拡を続ける…

女王初期の習作

ミステリーの女王アガサ・クリスティーも、デビュー間もない頃は自分のスタイルを見つけるために苦労をしていたようだ。僕としても、デビュー作「スタイルズ荘の怪事件」、第6作「アクロイド殺害事件」を除いては1920年代の諸作は(ミステリーとしては)評…

サラリーマン世界のミステリー

作者の浅川純は、日立製作所の茨城にある事業所で調達部門の管理職だったが、18年勤めた会社を辞めて作家になった人である。当時のはやり言葉「脱サラ」を地で行った人で、その関係の著作も多い。ミステリーも好きだったようで「浮かぶ密室」(1988年)、「…

不運な艶福家

本書は、おなじみルポライター浦上伸介がアリバイ崩しに挑むシリーズの1冊。比較的初期の作品(1986年発表)で、後年相棒となる前野美保は登場しない。浦上自身も、作中29歳と紹介されている。使われている時刻表は、同年6月のものである。 長崎での取材の…

男爵対公爵

イギリスにシャーロック・ホームズあれば、フランスにはアルセーヌ・ルパンあり。「3世」ではない、オリジナルのルパンもので、最高傑作とされるのが本書である。作者のモーリス・ルブランは「夫婦もの」を得意とした純文学者だったが、「特別にに面白い冒…

手法が固まりつつあったころ

本書は、アガサ・クリスティーの長編8作目にあたる。このころまでに彼女は、ポアロという戯画化された外国人探偵、トミー&タペンスという若い冒険家夫婦、普通の官憲バトル警視らを主人公にした諸作を書いている。ほぼ1年1作のペースで発表してきた。 19…

プアホワイトへの道

前作「ダブル・デュースの対決」は、ボストンの黒人貧民街を描いた作品だった。麻薬中毒の状態で生まれてくる子供、14歳で母親になる売春婦、銃をふりかざして荒れ狂う少年団など黒人社会の暗部を見せつけてくれた。ロバート・B・パーカーの次作が暴くのは…

サムスンが挑む50年前の事件

シリーズ第5作で著しい成長を見せたインディアナポリスの中年私立探偵アルバート・サムスンについては、しばらく前に紹介した。 前々作では破産状態だった彼だが、ようやく普通の暮らしを取り戻し、事件解決にも冴えを見せていた。それが本書では金に糸目は…

圧巻の大河ドラマ(後編)

南部の白人たちにとっては黒人奴隷の労働力で綿花を栽培/収穫するのが最も大きな産業だったが、南北戦争(州間戦争と彼らは言う)に敗れてから黒人労働力にかけるコストが上がり、害虫被害も出て生活は苦しくなっていた。もちろん、黒人たちもより苦しい生…

圧巻の大河ドラマ(前編)

ミステリー小説の上手さには、4つのカテゴリーがあると思う。 (1)構想 プロットと言ってもいい。全体を流れるテーマを、どういうスタンスで扱うか。まれには、これそのものがトリックだったりする。 (2)エピソード ごく短い短編を除いては、複数のエ…

長距離夜行列車のアリバイ

深谷忠記最大のシリーズものは、数学者黒江壮とフィアンセの笹谷美緒を主人公にしたもの。全部で37作品あり、そのほとんどがトラベルミステリーである。そのうちの3作に「+-の交叉」というタイトルを付けたものがある。しばらく前に、その2作目「津軽海…

黒人街の憂鬱

ボストンにも黒人街があるようだ。僕が通っていたのは2006年ころの短い期間だったから時期が違うのかもしれない。ここにあるような危険な場所は、教えてもらっていない。本書の発表は1992年、そのころは一番荒んでいた時代だったのかもしれない。 黒人街の一…

42歳の探偵、成長す

「A形の女」でデビューしたマイクル・Z・リューインは、決して多作家ではないが「ネオ・ハードボイルド」の旗手のひとりと評価されている。インディアナポリスを舞台に、私立探偵アルバート・サムスンものを7作、パウダー警部補もの3作ほかを残した。本…

初代「グレイマン」登場

いろいろな戦争や紛争を背景にして、諜報戦やテロリズムを描き続けたジャック・ヒギンズ。多作家であるが、どれを読んでも一定の水準にある、読み応えある小説に仕上げることができる作家である。複数のペンネームを操る彼だが、ヒギンズ名義では何人かのレ…

優しくなくては生きている意味が・・・

初冬のボストン、有名女優ジル・ジョイスを主演にしたTVドラマのロケ隊がハリウッドからやってきた。ジルは20年近くTV界のトップ女優であり、彼女の予定さえ押さえれば13週間の(つまり1/4年の)シリーズドラマは作れて、3大ネットワークが奪い合っ…